連句歌仙




        
稲子麿句集 独吟歌仙の部
                     平成二十九年五月十九日現在



   ○独吟歌仙第六「みじか夜の巻」
    夏 みじか夜を焦土の京に発句かな
                     ◆平成二十九年五月十九日 満尾


   ●漢和聯句独吟歌仙  稲子麿 釋椿山
                    【平成二十八年九月二十四日 満尾】
    夏  白雨垂綸客     白雨(はくう) 垂綸(すいりん)の客(かく)


  ●和漢聯句独吟歌仙第壱  稲子麿 釋椿山
    夏  朝の蝉観音堂の詠歌かな
                   【平成二十八年八月二十五日 満尾】

  ○独吟歌仙第五「草雲雀の巻」 
    夏 ゆふぐれの旧街道に草雲雀
                     ◆平成二十七年九月八日 満尾

  ○独吟歌仙第四「春望の巻」 
    春 春望や古き大墓すかれざる
                      ◆平成二十五年四月五日 満尾

  ○独吟歌仙第三「郭公の巻」 
   夏 郭公の木霊のまゝに雲と霧 
                     ◆平成二十五年三月一日 満尾

  ○独吟歌仙第二「風花の巻」 
   冬 風花や盆地の空に一しきり
                     ◆平成二十三年十二月  満尾

  ○独吟歌仙第一「ボージョレ・ヌーボーの巻」
   秋 歳時記にボージョレ・ヌーボー探しけり
                     ◆平成二十三年十月   満尾



   独吟歌仙第六「みじか夜の巻」

 初折表
        応仁丁亥ノ歳天下大二動乱シ
        ソレヨリ永ク五畿七道悉ク乱
        ル其起ヲ尋ル二
  夏     みじか夜を焦土の京に発句かな
  夏      王仏滅ぶ三伏の夏
  雑     なにとなく思ひ立つ朝たよりにて
  雑      足もと見れば石塊一つ
  春・
   おぼろづき身も世もあらぬ未来記に
  春      巣立を急ぐ鳥は何鳥
 初折裏
  春     降りくだる囀り絶えぬ大原野
  雑      御陵あたりの茶店慕はし
  雑     聞けば母なん藤原と瞽女の坊
  雑      輪廻の塵は忌めど払へど
  雑     つもるもの火の山の灰過疎の里
  夏      さらに河童も棲まぬ夏河
  恋     しのびねの恨みごとなど手はじめに
  秋・
・恋  月を見上げて空泣き涙
  秋     水澄んで心静まる持仏堂
  秋      菩提子の珠さらさらとして
  春・
   応仁や夢まぼろしの花の御所
  春      捨雛おほき辻の暗闇
 名残表
  春     雉子笛に雌雄ありけり野合戦
  雑      脛当つけし埴輪もありて
  雑     物いはぬ瓦礫あつむる楽隠居
  冬      火桶離れぬ猫に尾二つ
  冬     丑三に障子の穴の破れけり
  雑      風に揺られて谷の吊橋
  恋     戻らぬと誓ひて渡る恋の道
  恋      そも馴初は出雲の神に
  雑     将軍の御教書届く守護所
  雑      天下動乱義政にあり
  秋・
   月落ちて河原猿楽桟敷落つ
  秋      人なき机辺秋扇あはれ
 名残裏
  秋     五畿七道流民戻つて稲架を組む
  雑      子守の歌は朝な夕なに
  雑     煙たつ竈近くに鼠ゐて
  雑      媼はねぶる敷藁のうへ
  春・
   散る花を低きにうけて板庇
  春      草摘む子らは昼餉忘れて
                      [平成二十九年丁酉五月十九日先負滿尾]




  ●漢和聯句独吟歌仙  稲子麿 釋椿山

 日本書紀天智天皇十年の童謡「み吉野の 吉野の鮎 鮎こそは…」に想を得たり。
 漢句を発句に脇は大海人の皇子(天武天皇)を体して漢和聯句をまねぶものなり。

 初折表
  夏   白雨垂綸客         白雨(はくう) 垂綸(すいりん)の客(かく)
  夏   吉野の鮎の走る常滑
  雑   たいまつは闇の彼方の川こえて
  秋・
 野月一輪秋         野(や)月(げつ) 一(いち)輪(りん)の秋(あき)
  秋   日色千波錦         日色(につしよく) 千波(せんぱ)の錦(にしき)
  秋   昔蜻蛉の和名いみじき
 初折裏
  雑   草隠れ宮居の礎石点々と
  雑   采女の袖に天平の風
  雑   みほとけの左のあしは右のもも
  雑   羅衣玉露流         羅衣(らい) 玉露(ぎよくろ)流(なが)る
  恋   素艶新粧影         素艶(そえん) 新粧(しんしやう)の影(かげ) 
  恋   嫩草一宵羞         嫩草(どんさう) 一(いつ)宵(せう)の羞(しう)
  恋   少年の恋は池塘の夢と消え
  秋・
 相随月下舟         相(あひ)随(したが)ふ月下(げつか)の舟(ふね)
  秋   経政の五絃の弾は身にしみて
  秋   秋時雨する仁和寺の空
  春・
 莫道花亭醉         道(い)ふ莫(なか)れ 花(くわ)亭(てい)の醉(すい)
  春   春眠鳥語優         春眠(しゆんみん) 鳥(てう)語(ご)優(やさ)し
 名残表
  春   かすみたつ村のほとりに道祖神
  春   彼岸落日二上の峰
  雑   貴種金烏寵         貴種(きしゆ)に金(きん)烏(う)の寵(ちよう)あり
  雑   蓮の糸には姫のぬくもり
  雑   瑞雲懐往事        瑞雲(ずいうん) 往事(わうじ)を懐(おも)ふ
  雑   飛鳥遠過樓        飛鳥(ひてう)は遠(とほ)く樓(ろう)を過(す)ぐ
  雑   秣馬孤羈下        馬(うま)に秣(まぐさか)ふ孤羈(こき)の下(もと)
  雑   貧農不耐愁        貧農(ひんのう)愁(うれ)ひに耐(た)へず
  雑   陋巷箪瓢樂         陋巷(ろうかう) 箪瓢(たんぺう)の樂(たの)しみ
  冬   五風十雨もつもれば雪に   
  冬・
はりついて玻璃の寒月うごかざり
  雑   円窓ひとつ書院寂寂
 名残裏
  雑   南朝は滅びて残す正統記
  雑   北面鎖墳丘        北面(ほくめん) 墳丘(ふんきう)を鎖(とざ)せり
  雑   復古都如夢        復古(ふつこ) 都(すべ)て夢(ゆめ)の如(ごと)し
  春   春夜興偏幽        春(しゆん)夜(や)の興(きよう) 偏(ひと)へに幽(いう)
  春・
 花の山あけぼの色に染まりけり
  春   たふとき行者峰入りをして
                      【平成二十八年九月二十四日先勝 満尾】




  ●和漢聯句独吟歌仙第壱  稲子麿 釋椿山


  いまだ見ぬ地の湖北は長浜の諸観音を藝大美術館にて拝観する機会を得たり。
  折しも上野の杜に蝉声頻りなれば朝の蝉を発句に和漢聯句をまねぶものなり。

 初折表
  夏    朝の蝉観音堂の詠歌かな
  夏    淡海 風 蕭蕭      淡海 風 蕭蕭
  雑    千年は昨日のごとく過ぎゆきて
  雑    北へと抜ける街道の村
  秋・
  高天山吐月        高天 山 月を吐く
  秋    鳴る引板は風か獣か
 初折裏
  秋    楯鉾のひまを盗みてかける稲架
  雑    人情雨露饒        人情 雨露饒し
  雑     郷歌塵事少        郷歌 塵事少し
  雑    名望不可彫        名望は彫るべからず
  雑    墳丘渾一夢        墳丘 渾て 一夢
  春・恋  菜摘の子らにおほきみの声
  春・恋  さへずりや何鳥やらん木から木へ
  春・
月  朧月叡山謡        朧月 叡山の謡
  雑    衆星聴梵唄        衆星 梵唄を聴く
  雑    乾坤影蕩揺        乾坤 影 蕩揺す
  春・
  花あかり黄泉も見えたり櫂の音
  春    捨雛の朱はかなしかりけり
 名残表
  春    いとゆふの祈りの里に野の地蔵
  雑    石路晩鐘寥        石路 晩鐘 寥たり
  冬    冬の灯やなりはひ薄き小集落
  冬    軒うち過ぐる時雨しきりに
  雑     異郷鳴鳥暁        異郷 鳴鳥の暁
  雑    浮雲不語朝        浮雲語らざる朝
  雑    うたかたの憂き世も捨てがたく
  雑・恋  愛戀一春嬌       愛戀 一春の嬌
  雑・恋  妄執千秋誤        妄執 千秋の誤ち
  秋・恋  なみだの袖や名は吾亦紅
  秋・
  比良の山雲隠れゆく月の舟
  秋    落雁雨餘橋        落雁 雨餘の橋
 名残裏
  雑     來書新舊信       來書 新舊の信
  雑    茅屋雨蕭條        茅屋 雨 蕭條たり
  雑    酒旗消憾影       酒旗 消憾の影
  雑    生きながら酔ひ酔ひながら生き
  春・
花  歳歳の花と知りつゝ待つ心
  春     たがやす人は遠き畑に

                  【平成二十八年八月二十五日大安 満尾】




       ○独吟歌仙第五「草雲雀の巻」
  初折表
            軽井沢沓掛追分は浅間山麓にあり
    秋        ゆふぐれの旧街道に草雲雀
    秋       脇本陣の旅籠露けし
    秋・
     ことさらに名残の月を突き遣りて
    雑        泥棒とらへ探す荒縄
    冬       好物の凍豆腐はや取り込んで
    冬        根深の泥をはらふ婆の手
  初折裏
    雑       その昔石に化したる捨て子あり
    雑        寺は滅して礎石あらはに
    雑       雲散らし阿修羅のごとく風過ぎぬ
    恋        羽根よりかろき心ありとは
    恋       言の葉はそゞろ歩きのうはごとで
    恋        治らぬものは草津の湯でも
    夏       ほとゝぎす野も山も血に染まりけり
    夏・
      夏の月見て捨てるピストル
    雑       濁すまじ触れてはならぬ水鏡
    雑        湯文字を洗ふをみなごあはれ
    春・
     花びらは定めなき世の道しるべ
    春        ほのむらさきは都忘れよ
  名残表
    春       春の夜や狂女の母に塚の声
    雑        夢まぼろしも実相のうち
    雑       須磨の朝寝覚めの床のたのもしき
    恋        小指からませ耳打ちをする
    恋       八雲立つ出雲大社の縁結び
    恋        海鳥ふたつ伊那佐の浜辺
    雑       船団の闇に息づく集魚灯
    雑        燈台守は去りて帰らず
    雑       積石の責苦にうめく素浪人
    雑        練りに練つたるアングラ芝居
    秋・
     やつと見る配所の月にアンコール
    秋        施餓鬼の幡は雨にうなだれ
  名残裏
    秋        前掛けの地蔵の前に萩の餅
    雑        肩車する縁日の客
    雑       拾はれの仔犬もけふは得意顔
    雑        玉の輿には平成小町
    春・
     時みじかくも花は盛りに
    春        軒をつらねて春燈点ず
                     ◆平成二十七年九月八日 満尾




        ○独吟歌仙第四「春望の巻」
  初折表
           古き墳はすかれて田になりぬ
           その形だになくなりぬるぞ悲しき
    春       春望や古き大墓すかれざる
    春         雲雀の声も千五百年
    春       しやぼん玉かぞふる間なく消えゆきて
    雑         朽ちし豚舎をおほふ蔓草
    秋・
    ぽつかりと月出でにけり過疎の村
    秋         秋の祭に娘はなやぎ
  初折裏
    秋       吊し柿煤けし軒を朱に染めて
    雑         土蔵破りは作り話か
    雑       悪玉の算盤はじき財なしぬ
    雑         お輿入れには提灯の列
    雑       雨の土手もつこ担ぎの息あはず
    雑         橋姫の立つ闇の深さに
    雑       鑿の音水際立ちて響きける
    秋・
      河原の院に月さしのぼり
    秋        汐汲の身にしむ所作や能舞台
    秋         篝火きえて芝の朝露
    春・
    飛石も踏みわけがたき花の庭
    春         三味線草は崩れ築地に
  名残表
    春       塔二つげんげ畑を前にして
    雑         メガホン片手めくる脚本
    雑        駄目押の末期のシーン撮り直す
    雑         雨など降りて暗き明け方
    雑        三面に知己に関する奇なる記事
    雑         サングラスかけ地下鉄通ひ
    雑        蟹文字は海のかなたの浜辺にも
    雑         路地で迷へば聖堂の鐘
    恋        人恋ふは罪のはじめとたが言ひし
    恋         負ふべき定め愛の十字架
    秋・
・恋   あゆみゆく影したふ影星月夜
    秋         へちまは青し成り下がる棚
  名残裏
    秋        露しげき草の庵やへぼ句会
    雑         よめぬ世の中さらりと避けて
    雑        節々の痛み薄らぐ時もあれ
    雑        盃を重ねて明かす種々
    春・
    面影に花の唇にほひ立ち
    春         耳くすぐりて暖かき風
                      ◆平成二十五年四月五日 満尾




       ○独吟歌仙第三「郭公の巻」
  初折表
            世はなにごともなし
   夏        郭公の木霊のまゝに雲と霧
   夏         夜毎にセロの響く山小屋
   雑        自惚れに狭き世間を狭くして
   雑         天才われとひとりごちたり
   秋・
     山の端の片割月の影さやに
   秋         鹿苑に角切る手垂をり
  初折裏
   秋       風立ちて破れ蓮うごく浮御堂
   雑        夜雨に漁り火ちらちらとして
   雑       かしこまり硯の池に筆おろす
   雑        四宝の塔を包む光輪
   雑       沸々と妖怪生るブロツケン
   恋        鬼火さかんに魔女とたはむる
   秋・恋     風過ぎてゑのころ草のしとね哉
   秋・
・恋    うなじを照らす月やはらかに
   秋       行く秋や波音はるか弓ヶ浜
   雑        漁夫はつくろふ妻籠の網
   春・
    ざれごとにいつか心の花散りて
   春         春の神鳴り遠ざかりゆく
  名残表
   春       這ひあがり汀にぎはす蛙ども
   雑        もろ肌ぬいて僧正の四股
   雑       空き腹に魚板の音の染みわたり
   雑        毛布かぶれど親の説教
   冬       そぎおとし枯木になりし人やある
   雑        雲の切れ間にうすらび差して
   恋       青年は抜き手を切つて泳ぎゆき
   恋        伊勢の海なる神島めざす
   恋       燈台の光みちびく恋の道
   雑        文庫閉づれば宿静かなり
   秋・
     月一つ酔へば酔ふほど傾きて
   秋        秋は傷めりインクの染みに
  名残裏
   秋       窓近く放屁虫の飛び来たる
   雑        亀しづしづと沈む水槽
   雑        読みをへし朝刊片す粥の膳
   雑        病む人ありてともに語らふ
   春・
    短きは花の時なりさればこそ
   春        過ぎにし春の美しき哉
                     ◆平成二十五年三月一日 満尾




       ○独吟歌仙第二「風花の巻」
  初折表
   冬      風花や盆地の空に一しきり
   冬        覗きの箱に紙漉の村
   雑      薪負ふ尊徳の像つくねんと
   秋        夜長聞き入る鉱石ラジオ
   秋・
    月明かし霓裳羽衣の曲ならん
   秋       盃二三献やをら新蕎麦
  初折裏
   雑      亭主どの素人なれど囲碁四段
   雑        嘘とも言へぬ大高檀紙
   冬      しぐるゝや越前の浜横あるき
   雑       鬼一口に食ふはまことか
   秋       うつせみの身は撫子の襲にて
   秋       白酒新たに来書まれなり
   秋・
    あなゆゝし鹿ヶ谷ゆく月の雨
   雑        鬼界ヶ嶋に足摺をする
   恋      光信の屏風を抜けし若女房
   恋        紙燭の歌に入相の鐘
   春・
    雲に散る花の行方をしるべにて
   春       遍路は縋る金剛の杖
  名残表
   春      接待の言葉もやさし山笑ふ
   雑        地蔵菩薩の里は近きや
   秋       空缶に椎の実を焼く疎開の児
   秋        玉砕の島燕帰りて
   秋       靖国に銀杏の並木聳えけり
   雑       古地図で歩く濠の内外
   雑      かりかりと勝栗神田鍛冶の町
   恋       糸なき三味に暮るゝ小座敷
   恋        小桜はことに昆布締好みなる
   雑        明石の海の潮にもまれて
   夏・
    波の月見る蛸やしづこゝろなき
   雑        松影うつす須磨の壺入
  名残裏
   夏       すなほなる孝子たふとき泉かな
   雑       独酌のとき故人を思ふ
   雑       浮かびたる発句無能を誹られて
   雑        桃源行は病みて果たせず
   春・
    花かざし過ぎゆく子の歌枕に
   春        春の夕べの眠り物憂き
                      ◆平成二十三年十二月 満尾




       ○独吟歌仙第一「ボージョレ・ヌーボーの巻」
  初折表
   秋      歳時記にボージョレ・ヌーボー探しけり
   秋       グラスにうつる葡萄の葉影
   秋・
    月光は柱すべりて落ちぬらん
   雑       まどろむ夢は行方知らずも
   春      春暁の槍の穂先に閧の声
   春       天守むなしうして草萌ゆる
  初折裏
   春      駒遊ぶ雪形の山かざし見て
   春       田夫なりし日一瓢の箪
   恋      よるべなき五條あたりの思ひ人
   恋       白き扇はつま焦がしたり
   雑       餅づくし殿上人のそら謡
   雑        末広がりはならぬ算用
   秋・
    天心に月のから傘あらはれて
   秋       時雨の亭の夢の浮橋
   秋      馬肥ゆる宇津谷たうげ馬子の歌
   雑        時宗の寺念仏盛んなり
   春・
    咲く花や江戸のにぎはひ日本橋
   春        越後屋春をよそほひにけり
  名残表
   春      葺替へて振袖かざる奥座敷
   雑       おくれし姉は病みがちにして
   秋      笛の音に惑ふ秋の鹿あはれ
   秋        汲むは菊水舞ふは猩々
   秋      熟柿にて酔ふ下戸の顔あをざめて
   雑        鏡を見れば世継の翁
   雑        尽きせぬは人の情のあだ話
   雑        嘘が誠の狂言綺語に
   秋・恋     あはじともいはざりければ秋の夜の
   秋・恋     片敷く袖に露しぼりつゝ
   秋・
    あふぎみる月に天下の時を知る
   雑        朝の書院にかをる墨の香
  名残裏
   雑       勅なれば東京なれど畏かり
   雑        鹿鳴館のパイプの煙
   雑       貴婦人の片手に揺れし赤ワイン
   雑        酔ひては夢か醒めては夢か
   春・
    降り立てば花のフランス・ボージョレに
   春        小蝶をしたふ百姓娘
                       ◆平成二十三年十月 満尾


          稲子麿句集 歌仙の部

         
りう女独吟歌仙第一「葉櫻の巻」
  初折表
   夏       葉櫻や病院前の車寄せ

     夏       背ナ吹き抜ける初夏の風
     雑       昼下がり関東ローム層広がりて
     雑       町なかゆるりと行く耕運機
     秋・     月の夜囃子の稽古うちそろふ
     秋       痩せた畠に蕎麦の花咲き
   初折裏
     秋      窓外の翳は木の葉か秋蝶か
     秋・      嫁の希ひの七夕流し
     恋      身を預く孫のやうなる整形医
     恋       照手姫とて車椅子押す
     雑      売店へ水買ひに行く三千里
     雑       土のよごれもなつかしき杖
     冬・     遠き日やスイスアルプス冬の月
     冬        袖に霜置く山巡りかな
     雑       ロープウエイ降りて祈りのキリスト像
     雑         くるりくるりと回る地球儀
     春・    日曜日イーゼル立てゝ花の下
     春       雛市賑ふ武蔵野台地
             ◆平成二十六年六月二十四日先勝

   名残表
   春      母と子の小さき冠うまごやし

     雑        へつつひに群がる子沢山
     雑       総領は二里の山道夜学通ひ
     雑       末は博士よノーベル賞よ
   夏      横文字にそと触れてみる曝書かな

     雑       古地図に残る銭湯の煙突
     恋      藍ゆかた石鹸の音カタカタと
     恋       駒下駄で行く脛の細さよ
     雑      暮れ残る町の灯淡きバルト海
   雑       邦を想ひて聴くフインランデイア

     秋・    眠られぬ白夜の舟に月斜め
     秋       酒温めて客呼びにやる
   名残裏
     秋      天高し何はともあれ平和日本
     雑       国産旅客機飛び立つ未来
     雑      竹とんぼ子供宇宙の四秒間
     雑       節くれだつた指先尊し
    春・
    学僧の法螺びやうびやうと花の寺
     春       小吉を引きあて春暮るゝ
                       平成二十七年十一月二十五日大安 満尾



         稲子麿句集 三吟歌仙の部
                     平成二十八年二月十八日現在


     ○三吟歌仙第十四「新樹の巻」 有隣・水仙
   夏  セーラーの少女まばゆき新樹かな
                ◆平成二十八年二月十八日大安 満尾
     ○三吟歌仙第十三「神楽笛の巻」
   冬 少年の息清々し神楽笛  清香・羽化
                ◆平成二十六年六月十四日先負 満尾】

     ○三吟歌仙第十二「夏の朝の巻」 りう女・有隣
   夏 うつくしき稚児の襷や夏の朝 
                ◆平成二十六年一月十二日大安 満尾】

     ○三吟歌仙第十一「巣立の巻」 水仙・りう女
   春 雛鶴の舞ひとさしに巣立かな  
                ◆平成二十五年十一月十一日赤口 満尾

     ○三吟歌仙第十「滴りの巻」 清香・水仙
   夏 滴りや時に抗ふ青き街
                ◆平成二十五年十月六日仏滅 満尾

     ○三吟歌仙第九「土筆の巻」 流兎・羽化
   春 手毬つく合間に土筆摘む子かな
                ◆平成二十五年八月十四日友引 満尾

     ○三吟歌仙第八「綿虫の巻」 梅苑・りう女
   冬 綿虫の銃にやすらふアトランタ 
                ◆平成二十五年七月二十八日友引 満尾

     ○三吟歌仙第七「大蛇出づの巻」 耋子・羽化
   春 酒船は棧敷に満てり大蛇出づ
                ◆平成二十五年七月十八日仏滅 満尾

     ○三吟歌仙第六「寒梅の巻」 有隣・梅苑
   冬 寒梅や一輪紅きをさきがけに
                ◆平成二十五年七月十五日先勝 満尾

     ○三吟歌仙第五「梅雨ぐもりの巻」 水仙・清香
   夏 墨の香のにほふ硯や梅雨ぐもり
                ◆平成二十五年七月十一日先負 満尾

     ○三吟歌仙第四「二尺の蛇の巻」 清香・水仙
   夏 うつくしき二尺の蛇のうねり哉
                ◆平成二十五年五月二十九日大安 満尾

     ○三吟歌仙第三「麦熟るゝの巻」 蔦吉・りう女
   夏 空海の錫飛ばしたり麦熟るゝ
                ◆平成二十四年十二月十三日大安 満尾

     ○三吟歌仙第二「鳴神の巻」 眞女・羽化
   夏 鳴神や貴船の山に鬼女走る 
                ◆平成二十四年十一月一日友引 満尾

     ○三吟歌仙第一「春霞の巻」 りう女・耋子
   春 春霞まぼろしの世に穿く草鞋
                ◆平成二十四年十月六日仏滅 満尾



         三吟歌仙第十四「新樹の巻」

  初折表
   夏    セーラーの少女まばゆき新樹かな     稲子麿
   夏      透けるグラスに弾けるソーダ       有隣
   雑    水玉の傘に雨音絶えずして         水仙
   雑      手拭ひ腰に店仕舞ひする         稲子麿
   秋・
  煙管手に一人見上げる盆の月        有隣
   秋     芒の原に波立つ白穂           水仙
  初折裏
   秋    行く秋や雲のはたてにあくがれて      稲子麿
   冬     新しき綿赤子を包む            有隣
   恋    柔らかな手の温もりの慕はしき        水仙
   恋     いまさら袖にできぬ誓文         稲子麿
   恋    年月を経ればあばたもえくぼなり       有隣
    雑      響く振り子のゼンマイ時計         水仙
    夏    短夜の空はほどなく明けぬらん       稲子麿
   夏・
   雲うごき月影なほ涼し           有隣
   雑    天上の輿の迎へを待つ乙女          水仙
    雑     おしのびで乗る量りつれなく       稲子麿
   春・
  花筏見えぬ船頭櫂を漕ぎ           有隣
   春     前途に霞む電波塔かな           水仙
  名残表
   春    平城の昔を今に揚雲雀           稲子麿
   雑     甍の波は寄せては返し           有隣
   雑    願ひ込め百瀬の滝を登りたり         水仙
   雑     はらはらと散る富籤の夢         稲子麿
   夏    駄菓子屋に子等集ひたる夏休み        有隣
   雑     ケンケンパーに鳴るクラクシヨン      水仙
   恋    ひとつ傘つれなき雨に肩濡らし       稲子麿
    恋     物干し竿に揃ひのTシヤツ         有隣
   恋    幸せの黄色ハンカチなびきたり        水仙
    雑     骨盗人といはるゝがまゝ         稲子麿
   秋    馬追の鳴き出しにけり鞍の上         有隣
   秋・
   夕べの月に物思ひする           水仙
  名残裏
   秋    砧打つ母は痩せたり夜沈沈         稲子麿
   雑     初発あかるき路面の電車          有隣
   雑    擦れちがふ清き香りに包まれて        水仙
   雑     精舎の廊に稚児の跫音          稲子麿
   春・
 いとけなき舞ひとさしの花扇         水仙
   春    卒業の朝よき袴つけ            有隣
               ◆平成二十八年二月十八日大安 満尾




          三吟歌仙第十三「神楽笛の巻」
   初折表
    冬    少年の息清々し神楽笛        稲子麿
    冬     底冷えの座に装束あらた       清香
    雑    盆地行くSLの影かぎろひて      羽化
    雑     典医の家は城下の外れ       稲子麿
    春・
  朧月軋みがちなる裏の木戸        清香
    春     雛の家には箱入娘          羽化
   初折裏
    春    手際よく春の障子を貼り替へて   稲子麿
    雑     庭の雀や何をついばむ       清香
    雑    入れ替り戻ればしなる竹の先     羽化
    恋     藪から棒に手紙渡され      稲子麿
    恋    うつくしき筆の跡みて物おもひ    清香
    恋     小倉の山に藻塩焼くらん      羽化
    夏    単線の駅舎降りれば柿若葉     稲子麿
    夏・
   梅雨入り前の月清らかに       清香
    雑    ゆるゆると空櫓で下る小半時      羽化
    春     朝寝の友を置き去りにして     稲子麿
    春・
 花の宿夢の合間にもう一寸       清香
    春     野を駆けめぐる若駒の群      羽化
   名残表
     雑     段丘に武人の埴輪濡れそぼち     稲子麿
     雑     大和の記憶甦るらむ         清香
     雑    畑中に亀石となり語る夜        羽化
     夏       かやつり草であやすひこまご    稲子麿
    夏    縁側に風鈴の音かろやかに       清香
     雑        庭下駄脱いで客のくつろぎ       羽化
     恋    まづ一服縒りをもどせと意見して   稲子麿
    恋       藍色深き染めの一反         清香
    恋    合紋の仕立うれしき物詣       羽化
     雑        雷門に碧眼おほく         稲子麿
     秋・
  蟹文字の発句めであふ月の晩      清香
    秋       尾花は招く幽霊屋敷         羽化
   名残裏
     秋     人ごころ見え隠れする秋深く     稲子麿
     雑        書棚に積もる塵の白さよ      清香
     雑     目を閉ぢてヒロインの名を呼ぶ夕べ   羽化
     雑        毛並よろしき尼寺の猫       稲子麿
     春・
  花の空とびかふ蹴鞠やはらかに    清香
     春       大路をわたる青柳の風        羽化
               ◆平成二十六年六月十四日先負 満尾




       ○三吟歌仙十二「夏の朝の巻」
  初折表
   夏     うつくしき稚児の襷や夏の朝    稲子麿
   夏       風やはらかく緑蔭をぬけ     りう女
   雑     どこまでも水平線は広がりて      有隣
   雑      眠りを誘ふ幾何の教科書     稲子麿
   秋・
   零戦の消え行く方に明けの月     りう女
   秋       刈田道は一直線に          有隣
  初折裏
   秋      魚沼は空いちめんの鰯雲       稲子麿
   恋       まだ名も付かぬ赤子を抱いて    りう女
   恋      面影に立てば越されぬ国ざかひ     有隣
   恋       すは封じ手と岡目八目       稲子麿
   雑      五ツ玉算盤はじく店の奥       りう女
   雑       柱時計の針は静かに        有隣
   雑      警策に香煙うごく坐禅        稲子麿
   雑       庫裡で胡麻擂る小坊主ひと     りう女
   冬・
   瓦みて思ひ出したり月冴ゆる      有隣
   雑      町屋の医者はやぶそば好きで    稲子麿
   春・
   身ひとつを信玄袋に花の旅     りう女
   春      蝶ひらひらと合戦の跡        有隣
  名残表
   春     ムツゴロウ泥はね飛ばし名乗り出で 稲子麿
   雑       太公望は世に釣られけり      りう女
   雑      のどやかに竿竹売りの声響き      有隣
   雑       投文に浮き立つ留守家老      稲子麿
   雑      いろはにほ纏を振りて江戸火消し   りう女
   恋       お七の袖は櫓になびき        有隣
   恋      あの世でと紅涙しぼるも才覚     稲子麿
   恋       橋のたもとの辻占ひやかし     りう女
   恋      つのかくしゆらりゆられて嫁ぎゆく   有隣
   冬       髑髏息づく雨の狐火        稲子麿
   秋・
   かみつけの王墓やすけく月今宵    りう女
   秋       空に揺るがぬアキアカネかな     有隣
  名残裏
   秋     野葡萄の色づく間なし鬼ごつこ    稲子麿
   雑       あした天気とちび下駄とばす    りう女
   雑      おむすびに母の顔見ゆ膝の上      有隣
   雑       あきたこまちはほとびにけりな  稲子麿
   春・
   花の雲道行く人の影淡く       有隣
   春       霞たなびく名もなき里に      りう女
                 ◆平成二十六年一月十二日大安 満尾




       ○三吟歌仙第十一「巣立の巻」 水仙・りう女
  初折表
   春      雛鶴の舞ひとさしに巣立かな    稲子麿
   春       松の緑に淡き残り香        水仙
   春      引窓に散りくる春を惜しむらん   りう女
   雑       九段坂より千鳥ヶ淵へ      稲子麿
   秋・
   皇国の月は東に出でにけり      水仙
   秋       世をたのしやと酌む菊の酒    りう女
  初折裏
   秋      かたちなきものに曳かるゝ秋暮れて 稲子麿
   雑       生生流転満天の星         水仙
   雑      野ざらしやまほろばの道はるかなり りう女
   恋       名こそ惜しけれ四位少将     稲子麿
   恋      雨の夜髪すく櫛ももどかしく     水仙
   恋       ねえやお供にお針の稽古     りう女
   冬      ほやほやと蒲団の地図に立つけぶり 稲子麿
   冬・
     母の背恋し寒月の夜        水仙
   雑      神童と呼ばれし日もありかくれんぼ りう女
   雑       なれの果てこそあらまほしけれ  稲子麿
   春・
    湯西川落つる涙の花筏        水仙
   春       都忘れと誰が名付けしか     りう女
  名残表
   春      見返りの峠くだれば斑雪      稲子麿
   雑       安らぎの湯に浮世絵美人      水仙
   雑      縁日へ定宿の下駄借りて行く    りう女
   雑       久闊を叙す橋梁の上       稲子麿
   雑      友軍を照らす夕陽燦として      水仙
   雑       一望千里コーリヤン畠      りう女
   恋      きつぱりと魔風を切ると見栄をはり 稲子麿
   恋       見合ひ話に枕を濡らす       水仙
   恋      半世紀健さん命番外地       りう女
   秋       末枯るゝ野に響く銃声      稲子麿
   秋・
    無勢なる長篠城に月浮かび      水仙
   秋       露きはまりて甘露のしづく    りう女
  名残裏
   秋      中島の松の手入を指図して     稲子麿
   雑       大泉水に鯉群れ泳ぐ        水仙
   雑      朝の庭ふすべ茶ことに好みにて   りう女
   雑       ふところ深くさゝぬ裏木戸    稲子麿
   春・
    花一枝かざして過ぐる白川女    りう女
   春       叡山高く鳥雲に入る        水仙
                 ◆平成二十五年十一月十一日赤口 満尾




          ○三吟歌仙第十「滴りの巻」
  初折表
          松本竣介「街」といふ絵に
   夏     滴りや時に抗ふ青き街       稲子麿
   夏       少女の聞きし終戦の勅       清香
   雑     新しき世の初め日は昇るらん     水仙
   雑      ビルの屋根より鳩は飛び立ち   稲子麿
   秋・
   有明の月に看板しらじらと      清香
   秋      爽涼の風つむぐさゝやき      水仙
  初折裏
   秋     草の実のはぜる音よき野の小道   稲子麿
   秋      里の夕餉や胡麻煎る香して     水仙
   雑     割烹着そろへ母娘の背比べ      清香
   恋      いつしか髪も肩過ぎにけり    稲子麿
   恋     垣根越し会釈は今日も澄まし顔    清香
   恋      紅さして待つ茶屋の片隅      水仙
   冬・
   星ふたつ消え残りけり冬の月    稲子麿
   雑      とはの誓ひを立てし十字架     水仙
   雑      歌舞伎座に今日も贔屓の詰め掛けて  清香
   雑      幕の内には見合ちらほら     稲子麿
   春・
   其処此処に花もあり山之辺の道    清香
   春      春の御陵に風はんなりと      水仙
  名残表
   春     若草や子牛の遊ぶ納屋の裏     稲子麿
   雑       軒の向かふに秘密基地あり     清香
   雑     トロツコの線路は錆びて草茫々    水仙
   雑      離村の朝も風に揉まれて     稲子麿
   雑     空缶の転がる坂の土ぼこり      清香
   雑      刺客あらはる石切山に       水仙
   恋     夕間暮れ影追ひて影また一つ    稲子麿
   恋      鼻緒擦れさへもどかしさうに    清香
   恋      ため息に揺るゝ木の葉よ言の葉よ   水仙
   秋      岸に導く不知火燃えて      稲子麿
   秋・
   浮かび出る盥の亀や月の晩      清香
   秋      天命受けしこの秋彼岸       水仙
  名残裏
   秋     無患子の拾はるまゝに数珠となり  稲子麿
   雑      曖昧経のいとけなきこと      水仙
   雑     朝勤め妙案浮かびし小僧あり     清香
   雑      朴葉味噌には山海の幸      稲子麿
   春・
   花咲くや牛引かれ行く飛騨の道    水仙
   春       あけぼのいろに朝は明けなん    清香
                    ◆平成二十五年十月六日仏滅 満尾




       ○三吟歌仙第九「土筆の巻」
  初折表
   春      手毬つく合間に土筆摘む子かな   稲子麿
   春        ころげころげて目覚むる蛙     流兎
   春       村中に菜の花色の風吹きて      羽化
   雑        画廊にぎはふ日曜の午後     稲子麿
   秋・
   良寛のうさぎは月のカレンダー    流兎
   秋        星飛んで笛よき長屋門       羽化
  初折裏
   秋      口開けの財布なりけり秋刀魚焼く  稲子麿
   雑        燻されて見る邯鄲の夢       流兎
   雑       置き去りの杖かたづけて水を打ち   羽化
   夏        まひまひつぶろ角やはらかに   稲子麿
   夏       ねじばなの左巻なる世わたらひ    流兎
   雑        空念仏の売僧はびこる       羽化
   雑       生き馬の目抜き通りは恐ろしや   稲子麿
   秋・
    良心盗む新月の闇         流兎
   秋       朝寒やそぶりも見せず旅立ちて    羽化
   秋        未生以前の吾は案山子か     稲子麿
   春・
   花の下拈華微笑の二人連       流兎
   春       焼き草餅をほつくり分かち     羽化
  名残表
   春      雉ひそむ畦を残して鍬洗ふ     稲子麿
   雑       年ふりにけり鳴かず飛ばずに    流兎
   雑       遺跡より木製仮面またも出で     羽化
   雑        踊る埴輪の手振りよろしき    稲子麿
   雑       塗りこめて年波かへす隠し芸     流兎
   雑        同窓会は異国さながら       羽化
   恋      何やらん一時に冷むる心地して   稲子麿
   恋        鳴らぬ鼓をたゞひたすらに     流兎
   恋      調べ緒をさらりとほどき銭湯に    羽化
   雑        富士を背にして三保松原     稲子麿
   秋・
   月明に東遊びもなつかしく      流兎
   秋        三々五々に見ゆ鹿の群       羽化
  名残裏
   秋      神さびの鎮守の森に木の実雨    稲子麿
   雑        御池通りに人絶え間なく      流兎
   雑       口上の珍しき品手に取りて      羽化
   雑        器量ひとなみ庄屋の娘      稲子麿
   春・
   長持の歌にひかれて花の列      羽化
   春        昔語らふ春の暮れ方        流兎
                   ◆平成二十五年八月十四日友引 満尾





        ○三吟歌仙第八「綿虫の巻」
  初折表
   冬      綿虫の銃にやすらふアトランタ   稲子麿
   冬        ボンボン揺るゝちさき冬帽     梅苑
   雑       をりふしに兄さまの真似背伸びして りう女
   秋       小狐あそぶ萩散る野辺に     稲子麿
   秋・
    手をまるめ穴にすつぽり昼の月    梅苑
   秋        蜻蛉釣る子の声遠ざかり     りう女
  初折裏
   夏        銀翼の下に連なる雲の峰      稲子麿
   恋       折り折り文をそなたに飛ばす    梅苑
   恋       残り香や八百屋お七のかざり櫛   りう女
   恋        藁を焚く世にけぶり立てまじ   稲子麿
   雑       菜をたゝく間をまじまじと眺めては  梅苑
   春        卓袱台にぎはふ春の七種     りう女
   春       末の子はお玉じゃくしを飲み込んで 稲子麿
   春・
      逆さに見ても春月まどか      梅苑
   雑       股のぞき空架ける橋竜となり    りう女
   雑       民百姓のかまど賑はふ      稲子麿
   春・
     花びらの赤らむ頬の父につき      梅苑
   春        囀り聴きて土手の旨酒      りう女
  名残表
   春      猩々の人語解さぬ万愚節      稲子麿
   雑        大樽一気飲まんとをめく      梅苑
   夏       菅笠に老いも若きも富士詣     りう女
   夏        這ひ出る手立なき蟻の道     稲子麿
   雑       ハイタツチ見知らぬ翁ほゝ緩む     梅苑
   雑        大向かふより甲高きこゑ     りう女
   恋       板付に腑抜けとなりて親泣かせ   稲子麿
   恋        こすれどつかぬ銀座のマツチ    梅苑
   恋       君の名を問ひし橋さへ姿なき    りう女
   雑        未明の風に小舟あやつり     稲子麿
   秋・
     盗人の好む無月の川渡り        梅苑
   秋        くゞれば傘に萩のこぼるゝ    りう女
  名残裏
   秋       山門に鹿の糞する夕まぐれ     稲子麿
   雑        鬼にとらるゝ子の腹張りて     梅苑
   雑      朝粥の白き匂ひや雑司が谷     りう女
   雑        香具師の顔みて猫のすりよる   稲子麿
   春・
     花追ひて旅立つ人の後ろ影     りう女
   春        跳ねて舞ふのは蝶の髪どめ     梅苑
                  ◆平成二十五年七月二十八日友引 満尾




       ○三吟歌仙第七「大蛇出づの巻」
  初折表
   春      酒船は棧敷に満てり大蛇出づ    稲子麿
   春       己が尾を呑む春の酔ひ夢      耋子
   春      山焼けば錆びし剣のあらはれて    羽化
   雑       村巡りする鍛冶もありけり    稲子麿
   冬・
    月冴えて浅く流るゝ入間川      耋子
   冬       冬枯の野に水鳥の声        羽化
  初折裏
   雑      旅立にさゝ濁りする魚心      稲子麿
   雑       岸辺の竹のしなり強さに      耋子
   恋      箱根より思ひもよらぬ文ありて    羽化
   恋       偽りおほき世も捨てがたく    稲子麿
   恋       恋歌も半分ほどは忘れをり      耋子
   春        雀の巣くさぐさつくろひて      羽化
   春・
    やはらかに卵を照らす春の月     稲子麿
   春        こぶしの花も白く輝く       耋子
   雑       少年は怒りのつぶてそつと置き     羽化
   雑        観音堂で聴く波の音       稲子麿
   春・
     天に花地にカタクリはうつむきて   耋子
   春        今しも羽化す里山の蝶       羽化
  名残表
   春       訪はんかな霞の奥に住む人を    稲子麿
   春        踏み跡もなき若草の道       耋子
   雑       亀石に影を落として雲流れ      羽化
   雑        ガイドの旗につく旅行生     稲子麿
   冬       くしやみして何の穀挽く水車小屋   耋子
   雑        安曇野郷に絶えず音立て      羽化
   恋       つれもなきあしらひとこそ思ひしは 稲子麿
   恋        川面の浮葉水底の貝         耋子
   恋       薄紙にあだし名にじむ神の池     羽化
   雑        票を頼りに靖国といふ       稲子麿
   秋・
    秋鯖を鉄板に焼く月明かり       耋子
   秋        虫のすだきもいよゝ盛んに      羽化
  名残裏
   秋       招き入れ草の笥に盛る赤のまゝ    稲子麿
   夏        背負ふ竹籠照る柿若葉        耋子
   雑       藁屋根のいくつか見えてまた札所    羽化
   雑        分教場は星霜を経て       稲子麿
   春・
    オルガンの音を慕ひて花の歌     羽化
   春        一年生は揚げひばりかな      耋子
                   ◆平成二十五年七月十八日仏滅 満尾




       ○三吟歌仙第六「寒梅の巻」
  初折表
   冬      寒梅や一輪紅きをさきがけに     稲子麿
   冬        やゝ細りたる雪兎かな         有隣
   雑       祖母に出すカード売る店のぞき見て   梅苑
   雑        幼心に道草の味           稲子麿
   秋・
     三日月を滑り台にと空見上げ       有隣
   秋        モロコシを焼くあゝ小腹すく      梅苑
  初折裏
   秋      秋麗ら古墳めぐりの人の影       稲子麿
   恋       壁画の奥に衣擦れの音         有隣
   恋      赤き靴つちはらふ手の優しくて      梅苑
   恋        轍も見せず馬車は消えけり      稲子麿
   雑      瓦礫にはならぬ思ひ出語り継ぎ      有隣
   雑       海向く坂に実生の苗や         梅苑
   夏・
    青松の影けざやかに夏の月       稲子麿
   雑        母亀のなみだ砂に染み入る       有隣
   雑       藤壺は几帳の陰に袖濡らし        梅苑
   雑       のがれぬ宿世とて酒を飲む      稲子麿
   春・
    花折りてよいやよいやの伏見の夜     有隣
   春        膝枕してヨモギ茶すゝる        梅苑
  名残表
   春       繕ひし垣の柴折り戸きしきしと     稲子麿
   雑        大夫の運びうつくしき笛        有隣
   雑       海渡り持ちかへりけるメロデイかな    梅苑
   雑        国を逃れて思ふ妻と子        稲子麿
   雑       グライダー空の向かふに吸ひ込まれ     有隣
   夏       たどり着きしは夜鷹の寝床       梅苑
   恋       占へば星青白く瞬きて         稲子麿
   夏・恋     蛍の君の琴のつま弾き         有隣
   夏・恋    狩人のドリームキャツチ簾の内に     梅苑
   雑       ほのぼの明くる横雲の空       稲子麿
   秋・
    残月や佳人の歩みとめにけり        有隣
   秋       あら腰掛に先客の虫          梅苑
  名残裏
   秋      手にのせて稲子麿とて愛づる姫     稲子麿
   雑       世に立つ時を見はからひつゝ      有隣
   雑      ゑいゑいとたつぱ刻せし柱切る      梅苑
   雑       あすなろの木のいや次々に      稲子麿
   春・
    花びらであすの永きを占ひて       梅苑
   春       葉先やはらか光る苗床         有隣
                   ◆平成二十五年七月十五日先勝 満尾




      ○三吟歌仙第五「梅雨ぐもりの巻」
  初折表
   夏     墨の香のにほふ硯や梅雨ぐもり     稲子麿
   夏      翻る雲水の薄衣            水仙
   雑     舞ひもどり紙飛行機は稚児の手に     清香
   雑      お宮参りの道のにぎはひ       稲子麿
   春・
    淡色の初着重ねて春の月          水仙
   春       ふらこゝを漕ぐお下げ髪ゆれ       清香
  初折裏
   春      公園に苗売る市の朝じめり        稲子麿
   雑       ライトバンより威勢よき声        水仙
   雑      荷下ろしの捻り鉢巻きりきりと       清香
   恋       胸のけぶりに早立つ噂         稲子麿
   恋      図書館にぽつんと一つ君の席        水仙
   恋       言葉は逃げて時は過ぎゆく        清香
   冬      雪の夜にシユーベルト聴く旅の宿     稲子麿
   冬・
    子狐わたる野に月冴えて         水仙
   雑      はじめてのおつかひ恋し幼き日       清香
   雑       指折りかぞへまた引つ込めて      稲子麿
   春・
   箒とて落花の心知りぬべし         水仙
   春       大和沈みし四月某日           清香
  名残表
   春      とはずとも天上を指す甘茶仏      稲子麿
   雑       天下に一つ我が道を行く        水仙
   雑      京の夜を焼け焦がしたる本能寺       清香
   雑       いさゝか照らす一寸の先        稲子麿
   雑      すがらざる杖に見えたり父の意地      水仙
   雑      皺の掌合はせ日輪拝む          清香
   恋      雲行につれて落ち来る雨の粒       稲子麿
   恋       比翼の鳥の翼はもつれ          水仙
   恋      四阿にくたり鞄の忘れ物          清香
   雑       宿題よそに落書ばかり         稲子麿
   秋・
   月出でて子とろ子とろの帰り道       水仙
   秋       ねぼけまなこでまだおいもほり      清香
  名残裏
   秋      富士ひとつ案山子ひとつの野面かな    稲子麿
   雑       一陣の風吹きて帰らず          水仙
   雑      迷子犬みあぐる空に茜雲         清香
   雑       坂道多き街ひそとして         稲子麿
   春・
   花揺るゝ光のどけき門前に         清香
   春       つがひの蝶の戯れて舞ふ         水仙
                  ◆平成二十五年七月十一日先負 満尾




       ○三吟歌仙第四「二尺の蛇の巻」
  初折表
   夏     うつくしき二尺の蛇のうねり哉      稲子麿
   夏      青葉隠れに糺す眼光           清香
   雑     おごそかに病ひを癒やす智慧もちて     水仙
   雑      看板かけぬ医者の玄関         稲子麿
   秋・
   晩酌の友に名月さしいりて         清香
   秋      軒のひさごは傾きにけり         水仙
  初折裏
   秋     鐘塔にガリレイ見たり落花生       稲子麿
   秋      けふの科学をうれふ夜長や        清香
   雑     読みふける雑誌まくらにカシオペア     水仙
   恋      金銀の鞍らくだを飾る         稲子麿
   恋     オアシスのほとりに眠る夢の君       清香
   恋      人問ふほどに思ひは永久に        水仙
   秋     橘の果実もぎ取る寺男          稲子麿
   秋・
    月の桂の梯子はずして          清香
   秋     手を引かれ綿菓子ねだる秋祭        水仙
   雑      わやわやとして何がなにやら      稲子麿
   春・
   挨拶をかはす間もなき花吹雪        清香
   春      春灯淡く思ひ出もまた          水仙
  名残表
   春     焼畑や縄文土器の壺の底          稲子麿
   春       春風に勾玉揺るゝ朝            清香
   雑      夢を見る古代の王の御姿           水仙
   雑       スフインクスは身動ぎもせず       稲子麿
   雑      時を超え母なるナイル流れゆく        清香
   雑       授かりし子に幸多かれと          水仙
   恋      権兵衛のつけぶみ拾ひ品定め        稲子麿
   恋       手よりこぼれて娘は育ち          清香
   夏・恋    恋しくもおんば日傘は昔語り         水仙
   秋       熟るゝがまゝに木の実草の実       稲子麿
   秋・
   月明かり老女を照らす団子坂         清香
   秋       菊酒召すは金の盃             水仙
  名残裏
   秋      一刷毛の雲のごとくに鶴来たる       稲子麿
   雑       御池の亀は首のばし居り          清香
   雑      主なき庵の庭は苔むして           水仙
   雑       柴門半ば開かれしまゝ          稲子麿
   春・
   花便り風のまにまに巡り来ぬ         水仙
   春       母を映して飛ぶシヤボン玉         清香
                  ◆平成二十五年五月二十九日大安 満尾




        ○三吟歌仙第三「麦熟るゝの巻」
                 (平成二十四年六月二十一日 夏至発句)
  初折表
   夏     空海の錫飛ばしたり麦熟るゝ       稲子麿
   夏      光まばゆき初夏の風           蔦吉
   雑     草原を駈ける若駒嘶きて         りう女
   雑      バイカル湖畔天幕盤踞         稲子麿
   秋・
   弦月に天津乙女は衣すゝぐ         蔦吉
   秋      酒温めん燭を掲げよ          りう女
  初折裏
   秋    質蔵の壁の白さや菊日和          稲子麿
   雑     子ネズミばかり大黒参る          蔦吉
   春    路地をゆく恋猫のはや布袋腹        りう女
   春     つみし嫁菜の土はしめりて        稲子麿
   春    苦き香をことさら褒むる春の卓        蔦吉
   雑     ナイフの疵あと小さき落書き       りう女
   冬・
  廃校に冬三日月のしらじらと        稲子麿
   冬     人待つ傘に粉雪つもる           蔦吉
   雑    馬も牛もかうべを垂れて道祖神       りう女
   雑     安曇野のさと暮れなずむらん       稲子麿
   春・
  ひとりゆく道しるべせよ夜の花        蔦吉
   春     雪解け告げん座禅草咲く         りう女
  名残表
   春    五蘊凝り春雲生ず幾山河          稲子麿
   雑     木魂魑の声丁丁と             蔦吉
   雑    琵琶湖路を煤け衣の痩せ法師        りう女
   恋     弁財天の調べに引かれ          稲子麿
   恋     星めぐり老いの瞳は若やぎて         蔦吉
   恋      百夜訪ねて鶏鳴を聞く          りう女
   夏     朝涼や大徳消ゆる草深野          稲子麿
   冬      夢のうつゝに小蕪を洗ふ          蔦吉
   雑     奥座敷古伊万里の瓶藍冴えて         りう女
   秋      庭のきちかうめづる又平          稲子麿
   秋・
  月明かり浮世の窓辺フォーレ聴く        蔦吉
   秋      野分さわがす菩提樹の影          りう女
  名残裏
   冬    なにがしの寺しめやかに焚火して      稲子麿
   雑     風見は知るや魂のゆくすゑ         蔦吉
   雑    観音の口もと微かに紅をさし        りう女
   雑     もろ手にのせし宝珠の箔に        稲子麿
   春・
  音もなく降りくる花のほのぼのと       蔦吉
   春     鞦韆ゆれて邨しづかなり         りう女
                  ◆平成二十四年十二月十三日大安 満尾




       ○三吟歌仙第二「鳴神の巻」
                    (平成二十四年八月一日 発句)
  初折表
   夏     鳴神や貴船の山に鬼女走る        稲子麿
   夏      雲の絶間に夏樹ざわめき         眞女
   雑     沢の辺に白檀の袖ひるがへる        羽化
   秋      声とよもして田鶴わたる里       稲子麿
   秋・
    月天心砧の音も絶え絶えに         眞女
   秋      朝霧はれて水くむ娘           羽化
  初折裏
   秋      遍歴の騎士は花野をしとねにて      稲子麿
   雑      破れ冑着て立つ暁に           眞女
   雑     ゲルニカの空焦がしたる狂気あり      羽化
   雑      鳩のくはへしオリーブいづこ      稲子麿
   夏     ゆかた会天下泰平謡ふ声          眞女
   雑      命さまざま池に群れゐて         羽化
   秋・
   明月に蟹の甲羅も映えにけり       稲子麿
   秋      菊の着せ綿一献の酔           眞女
   秋     松茸を焼いてほぐして土瓶蒸        羽化
   雑      ふるさとの苞それと知られて      稲子麿
   春・
   花ごゝろ花をたづねて花ごろも       眞女
   春      壬生寺に鰐口鳴りやまず         羽化
  名残表
   春     朝寝して志士も浪士もなかりけり     稲子麿
   雑      京の辻々ほのぼの明けて         眞女
   夏      鴨川に銀鱗きらゝ鮎の群          羽化
   夏・恋    帯に咲きたる百合かぐはしく      稲子麿
   恋     糸かけて織りし思ひを結ぶ夢        眞女
   恋      暁の星ひとつ瞬いて           羽化
   雑     百年の浪漫はかなき一夜かな       稲子麿
   秋      芒が原を風吹きわけて          眞女
   秋     先頭は代る替るに雁の列          羽化
   秋      村祭する霞ヶ関に           稲子麿
   秋・
   かつがれし永田神輿や月の顔        眞女
   雑      四海に砕け波に消えけり         羽化
  名残裏
   雑     西風に美神の髪のほつれゆき       稲子麿
   雑      天使の声の響きあまねく         眞女
   雑     世を照らす金の燭台かゞやきぬ       羽化
   雑      まづしき家の窓をあければ       稲子麿
   春・
   花筐ひぢに野をゆく子らのゑみ       眞女
   春      ひかりの春はかげりなくして       羽化
                  ◆平成二十四年十一月一日友引 満尾




        ○三吟歌仙第一「春霞の巻」
                   (平成二十四年六月二十一日 発句)
  初折表
   春      春霞まぼろしの世に穿く草鞋       稲子麿
   春       同行二人の母子草かな         りう女
   春      春の日や無患子映す心字池         耋子
   雑       かざし優なりそゝけし髪に       稲子麿
   夏・
   佐紀山のみさゝぎ冥き夏の月       りう女
   夏        梢にゆるゝ青鷺の影           耋子
  初折裏
   雑      朝まだき物あらひをる脛白き       稲子麿
   冬       納豆々々と売り歩く声         りう女
   雑      寺の門うすくらがりに六地蔵        耋子
   雑       つたなきさがを手桶に提げて      稲子麿
   雑      筒袖にこぼるゝ涙藍のれん        りう女
   雑       老番頭の昔がたりに           耋子
   秋・
    こんこんと涌く山の湯の月今宵      稲子麿
   秋       虞美人にじむ捨団扇かな        りう女
   秋      木洩れ陽にマリアの影の原爆忌       耋子
   雑       御子の思ひは審判の日に        稲子麿
   春・
    坂の道じやがたら雨に花の散る      りう女
   春       沖の五島に風あたゝかく          耋子
  名残表
   春      くしけづる人魚のうたふ春の磯      稲子麿
   雑       砂に描きしへのへのもへじ       りう女
   夏      小河童の水辺に跳ねる夏休み        耋子
   夏・恋     お半と呼ばれかたむく日傘       稲子麿
   恋      桂川しがらみに急く思ひ燃え       りう女
   秋・恋     河原の石に力むカマキリ         耋子
   秋・恋    椎の葉の赤のまんまに舌鼓        稲子麿
   秋・恋     ほうせんくわ爪ほんのりと染め     りう女
   雑      登り坂祠を拝み水を飲み          耋子
   冬・
     誓ひ立つれば月冴えにけり       稲子麿
   雑      西郷の迎へる駅に朝の風         りう女
   雑       北国の香り故郷の顔           耋子
  名残裏
   雑     ともがきや恩師はいつも渾名にて     稲子麿
   雑      朴歯の下駄で放歌高吟         りう女
   雑     雨過ぎて富士の隠るゝ山中湖        耋子
   雑      ひとすぢの澪きゆることなく      稲子麿
   春・
   峰晴れて峠は花のつゞらをり       りう女
   春      羅漢の並ぶ遍路道往く          耋子
                    ◆平成二十四年十月六日仏滅 満尾